「今日Wi-Fi繋がらないと思ったら水星逆行だった」
「水星逆行中だから契約は避けた方がいい」
「元カレから連絡来た…水星逆行のせい?」
SNSで頻繁に目にする「水星逆行」という言葉。占星術に詳しくない人でも、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
年に3〜4回、各3週間ほど訪れるこの期間。コミュニケーショントラブル、交通機関の乱れ、電子機器の故障——さまざまな不具合が「水星逆行のせい」にされています。
でも、ちょっと待ってください。
水星逆行って、そもそも何なのでしょう?
いつから「トラブルの元凶」として語られるようになったのでしょう?
本当に気にする必要があるのでしょうか?
古代バビロニアの粘土板から、現代のSNSトレンドまで——水星逆行という現象が辿ってきた5000年の歴史を紐解きます。
紀元前7世紀、粘土板に刻まれた謎の記録
星を数学的に理解していた古代人
水星逆行を最初に記録したのは、紀元前7世紀ごろのバビロニアの天文学者たちです。
ドイツのベルリン自由大学で古代科学を研究する歴史家マチュー・オッセンドライバー氏によれば、バビロニアの天文学者たちは粘土板に惑星の動きを詳細に記録していました。そこには、水星が減速し、逆方向に動く様子がはっきりと刻まれています。
さらに驚くべきことに、彼らは水星が現れる位置を予測する計算式まで編み出していたのです。紀元前7世紀に、です。
「バビロニアの天文学者は、天体の動きを数学的に理解していました」とオッセンドライバー氏は言います。
星は神々の化身だった
当時のバビロニアでは、天体は神々が姿を現したものと考えられていました。
太陽、月、水星、金星、火星——それらは単なる光る点ではなく、神そのもの。その動きは、王国の未来、戦争の勝敗、豊作や凶作を予言する兆しとして解釈されました。
天体の動きをどう解釈すべきかを楔形文字で記した粘土板も多数残っています。
しかし、ここに興味深い事実があります。
水星逆行がどんな吉凶を示すのかを記した粘土板は、見つかっていないのです。
つまり、バビロニアの人々が水星逆行を特別な凶兆として扱っていたかどうかは、実は謎のまま。現代のような「水星逆行=トラブル」という解釈が古代からあったとは限らないのです。
「飛び跳ねるもの」という名前
当時の水星を指すバビロニア語は「飛び跳ねるもの」という意味でした。
太陽系で最も速く動き、前後に揺れるように見える水星の不規則な動き——それが人々の注目を集めたのは間違いありません。
より個人に焦点を当てた占星術が出現するのは、それより後の紀元前400年頃。この時期から、天体の動きは「王や国家」だけでなく、個人の運命をも占うツールになっていきました。
伝令の神が作り上げた水星のイメージ
ウトゥからメルクリウスへ——神話の系譜
水星が「通信・言語・移動」を司る星というイメージは、古代の神話に由来します。
占星術が誕生したばかりのシュメール文明では、水星はウトゥという神と結びつけられていました。ウトゥは他の神々に伝令を届ける役割を持ち、速さと移動の神として知られていました。
時代が進むと、水星に関連する神も変化していきます
- バビロニア神話のナブー:知恵と学問の神、書記を担当
- ギリシャ神話のヘルメス:神々の伝令使、旅人の守護神
- ローマ神話のメルクリウス:商売と通信の神、翻訳者や通訳者の守護神
文化を超えて共通するのは、「伝える」「運ぶ」「繋ぐ」という役割です。
多面的な神の姿
米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所の惑星科学者キャロライン・アーンスト氏は「ヘルメス(メルクリウス)は神々の使者を務めたことから翻訳者や通訳者の守護神とされ、富と幸運、商業などを司るほか、豊穣神や盗人の守護神としての側面ももつ」と言います。
この多面性こそが、占星術において水星の逆行が人生のさまざまな側面に影響するとされる理由です。
こうした神話的背景から、水星は「情報伝達・知性・コミュニケーション・移動・交通」を象徴する天体として占星術に位置づけられるようになりました。
水星が逆行すると、これらの分野でトラブルが起きる——この解釈は、古代から脈々と受け継がれてきたのです。
中世ヨーロッパ、占星術が支配した時代
有力者は占星術師に相談した
中世ヨーロッパでは、占星術が社会に深く根付いていました。
英ウェールズ・トリニティ・セント・デイビッド大学のニコラス・カンピオン氏によれば、早くも12世紀にはヨーロッパで占星術が流行していたと言います。
有力者たちは占星術師に相談し、城を包囲する時期や敵を攻撃するタイミングを決めていました。結婚や旅行、重要な交渉——人生の大きな決断は、すべて星の配置と相談しながら行われたのです。
水星逆行中はホロスコープも読めない?
水星逆行の期間は、こうした行動や占星術師の予言そのものも妨げられると信じられていました。
実際、水星が逆行中はホロスコープを読むことができないと答える占星術師もいたそうです。逆行は、占星術の「読み」そのものを狂わせる力を持っていたのです。
ただし、重要なポイントがあります。
当時の占星術師たちは、水星逆行だけで判断を下すことはありませんでした。質問に答えるとき、占星術師はホロスコープ全体を見て、総合的に判断していたのです。
現代のように「水星逆行だからダメ」という単純な解釈ではなかったのです。
印刷機の発明と占星術の拡大
1439年頃、グーテンベルクによって印刷機が発明されると、占星術はさらに多くの人が熱中するものになりました。
占星術と天文学はまだ現在のように切り離されていませんでした。ガリレオやコペルニクスの時代でさえ、天文学者は占星術も実践していたのです。
しかし、その後数世紀の間に状況は大きく変わっていきます。
科学革命が起こした地殻変動
地動説の衝撃
1543年、ニコラウス・コペルニクスが地動説を唱えました。地球ではなく太陽が惑星系の中心にあるという主張です。
1600年代初めにガリレオが望遠鏡を空に向け始めると、地動説は定着していきます。
「すると多くの人は、占星術を少々嘘っぽく感じるようになりました」とカンピオン氏は言います。
地球が宇宙の中心でないなら、地球から見た天体の配置に意味があるのか?——科学革命は、占星術の根幹を揺るがしました。
占星術は一度、衰退の道を辿ります。
1920年代、占星術の復活
転機は1920年代に訪れます。
新聞に12星座占いが定期的に掲載されるようになり、占星術が再び人々の関心を集め始めたのです。
しかし、ここで重要な事実があります。
カンピオン氏によれば、水星逆行の概念が広く認知されたのは、実は最近のことです。
つまり、水星逆行は古代からずっと語られてきたわけではなく、現代になって爆発的に広まった現象なのです。
現代占星術の大転換——「凶」から「振り返り」へ
心理占星術の登場
古典占星術では、天体逆行は基本的に「凶」と捉えられていました。
神である天体が通常と異なる動きをすることは、トラブルや不幸の前兆。これが古代から中世までの主流な解釈でした。
しかし20世紀後半から、占星術の解釈は大きく変わりました。
占星術を「信託のツール」ではなく、「自己理解や心の成長のツール」として扱うようになったためです。これは、カール・ユングらの心理学の発展と密接に関係しています。
ユングは占星術に強い関心を持ち、「集合的無意識」の理論と結びつけて考察しました。この流れを受けて、占星術は「運命を予言するもの」から「自己理解のツール」へと変貌していきます。
「Re-」の時期——すべてが「振り返り」
現代の占星術師たちは、水星逆行を「Re-」の時期と呼びます。
- Review(見直し)
- Revise(修正)
- Reconnect(再接続)
- Reflect(内省)
- Reconsider(再考)
- Repair(修復)
- Rest(休息)
新しいことを始めるのではなく、すでにあるものを見直し、整える時期——そう解釈することで、水星逆行はポジティブな意味を持つようになりました。
「トラブルの時期」ではなく、「立ち止まって考える時期」として前向きに捉えられるようになったのです。
デジタル時代が作り出した新しい恐怖
情報化社会と水星逆行の親和性
水星逆行の認知度がこれほど高まった背景には、世の中の急速な情報化があります。
スマホ、パソコン、メール、SNSによる情報発信、オンライン会議、電子決済——これらすべてが水星の管轄下にあると考えられています。
こうした時代だからこそ、通信トラブルや情報の行き違いが起きると「水星逆行のせいだ」と感じる人が増えたのです。
誰もが参加できる話題
12星座とは別の考え方である水星逆行は、占星術になじみのない人も引き付ける。誰にとっても身近な体験に関わることだから。
星座を知らなくても、スマホが壊れた、メールが届かなかった、電車が遅れた——そんな経験は誰にでもあります。
「それ、水星逆行のせいかもよ」という会話は、誰でも参加できる話題でした。
SNSが加速させたブーム
2010年代後半から2020年代にかけて、TwitterやInstagramで「#水星逆行」というハッシュタグが急速に広まりました。
「今日Wi-Fi繋がらないと思ったら水星逆行だった」
「水星逆行、終わってくれ〜〜」
「水星逆行のせいで元カレから連絡きた」
こうした投稿が拡散されることで、水星逆行は占星術に興味がない人々にも認知されていきました。
逆行の科学——なぜ星は逆に動いて見えるのか?
速度差が生む錯覚
水星は「内惑星」——地球よりも太陽に近い軌道を回っています。
- 水星の公転周期:88日
- 地球の公転周期:365日
水星のほうがずっと速く太陽を回っています。地球が1年かけて太陽を1周する間に、水星は太陽を4周以上回っているのです。
この速度差によって、地球から見ると水星が一時的に逆方向に動いているように見えるのです。
「留(りゅう)」という現象
水星逆行の前後には、「留(ステーション)」と呼ばれる状態があります。
水星逆行前の3日間程度は水星が徐々に減速し、水星逆行後の3日間程度は徐々に加速に向かいます。この時期、水星はほぼ動きを止めたように見えます。
占星術では、この「留」の時期に惑星が象徴するものがストップすると言われています。
Planetの語源
ちなみに、planet(惑星)の語源は、ギリシャ語のΠΛΑΝΗΤΕΣ(プラネテス、さまよう者)。
いつもは一定方向に移動していた星が、ある時期から逆に進み始める——そのインパクトは、古代の人々にとってさぞかし大きなものだったことでしょう。
16世紀にコペルニクスが地動説を提唱して初めて、逆行が見かけ上の現象であることが説明されました。
実際どこまで気にすべきか?
科学的立場:因果関係は存在しない
天文学や物理学の観点から言えば、水星逆行と地球上の出来事には因果関係がありません。
占星術は科学的には偽科学として扱われています。
心理的・文化的立場:意味を見出す力
一方で、占星術は何千年もの間、人々の心の支えとなってきた文化です。
「今日はうまくいかない日だ」と感じたとき、「水星逆行のせいかも」と考えることで
- 自分を責めすぎずに済む
- トラブルを受け入れやすくなる
- 立ち止まって考える時間を持てる
- 過去の振り返りや整理ができる
- 予期せぬ出来事への心の準備ができる
こうした心理的効果は、実際に多くの人が感じています。
バランスの取れた向き合い方
大切な契約や重要な判断を「水星逆行だから」という理由だけで避ける必要はありません。
しかし、この時期に
- 通信トラブルに備えて重要な内容はダブルチェックする
- 誤解を避けるため、コミュニケーションを丁寧にする
- 新しいことより、過去の見直しに時間を使う
- 余裕を持ったスケジュールを組む
- バックアップをこまめに取る
という心構えを持つことは、水星逆行を信じていなくても実用的です。
人類と星の物語——「チ。」に見る天体観測の驚き
中世ヨーロッパ、命がけの天文学
アニメ「チ。—地球の運動について—」は、中世ヨーロッパを舞台に、地動説を命がけで研究する人々を描いた作品です。
当時、地動説は異端とされ、研究するだけで命を危険にさらす行為でした。それでも人々は、星の動きの謎を解き明かそうとしました。
逆行を知っている人、知らない人
劇中、天体観測をしている人々が惑星の逆行を知っていて、それを当然のように受け入れている一方で、初めて逆行を目撃した人物が大きな驚きを見せる場面があります。
「星が逆に動いている!」
この驚きこそが、数千年前のバビロニアの天文学者たちも感じたものでしょう。
知識の伝承と喪失
興味深いのは、天体観測の知識が必ずしも連続的に伝わってきたわけではないという点です。
古代バビロニアの天文学者たちは逆行を記録していました。しかし、その知識が途切れ、再び「発見」されることもあったのです。
文化や時代によって、星への関心は高まったり、失われたりしました。占星術が科学と分離されたのも、比較的最近の出来事です。
星が逆に動く——この不可思議な現象を理解しようとする努力が、天文学と占星術の発展につながりました。
科学的な説明ができるようになった今でも、私たちは星に物語を見出そうとします。
結論:星は私たちに何も約束しないが、物語を与えてくれる
意味を見出す力
「水星逆行のせいだから仕方ない」と思うことで心が軽くなるなら、それもひとつの知恵です。
「水星逆行だから気をつけよう」と意識することで、実際にミスを防げるなら、それは実用的な効果と言えるでしょう。
「水星逆行は振り返りの時期」と捉えることで、立ち止まって内省する時間を持てるなら、それは人生を豊かにするツールです。
盲信でも全否定でもなく
大切なのは、盲信でも全否定でもなく、自分にとって心地よい距離感で星と付き合うこと。
科学的な事実を理解した上で、占星術の知恵を「人生を豊かにする道具」として使う——そんなバランスが理想的かもしれません。
次に水星逆行が訪れたとき、あなたはどんな気持ちで迎えますか?
星を信じても信じなくても、あなたの選択です。
ただ、夜空を見上げて、水星がゆっくりと動きを止め、やがて逆方向に動き出す様子を想像してみてください。
その不思議な現象を、古代の人々も、中世の占星術師も、そして現代の私たちも、同じように見上げてきたのです。
あなたの星が、あなたの味方でありますように。
水星逆行期間の過ごし方完全ガイド
やると良いこと(Re-の時期として活用)
- Review:過去のプロジェクトの見直し、完成度のチェック
- Revise:文章の推敲、計画の修正、間違いの訂正
- Reconnect:旧友との連絡、疎遠になった人への連絡
- Reflect:内省、日記を書く、自分を見つめ直す
- Repair:壊れたものの修理、関係性の修復
- Rest:休息、充電、無理をしない
- Reorganize:情報整理、断捨離、デスク周りの整理
注意した方が良いこと
- 重要な契約は内容を何度も確認(サインする前に必ず再読)
- コミュニケーションは丁寧に、誤解がないか確認
- 電子機器のバックアップをこまめに
- 交通機関は余裕を持ったスケジュールで
- 新規プロジェクトより既存の見直し優先
- 大きな決断は水星順行後に(ただし絶対ではない)
慎重になる必要がある場面
- 新規契約の締結
- 高額商品の購入
- 新しい恋愛のスタート(一時的になりやすい)
- 重要なプレゼンテーション
- データの大規模な移行作業
ただし、これらは「絶対」ではありません。やむを得ない場合は、慎重に、確認を重ねて進めれば問題ありません。


